糖尿病と膵臓移植について

think transplant と グリーンリボン ピンバッチ

先日受けたグリーンリボンキャンペーンのバッチが届きました。

過去に貰ったものと合わせると3つ目です。

今回は新しいthink transplantが同封されていました。

 

それぞれの想いを想像し、受け止めること。

今回は臓器提供者ご家族ではなく、臓器移植経験者の手記です。

本ブログでも掲載させていただきます。

  以前のthink transplant ブログ記事はコチラ


出典 (公社)日本臓器移植ネットワーク 「think transplant Vol.28」より

ドナーの方と私は共に生きています。 

「あなたが第一候補に挙がっています。」

この一本の電話で、

私の人生は大きく変わりました。

1型糖尿病の発症

 10歳になったばかりの冬のことでした。風邪で高熱を出し、1週間ほどで快復したものの、その後どんどん痩せたことから春に総合病院を受診し、1型糖尿病と診断されました。1型糖尿病は生活習慣病である2型糖尿病と違い、発症原因が不明。当時は10万人に1人と言われた珍しい病気で、インスリンを作る細胞が破壊されて自己インスリンが枯渇するため、治療が困難とのことでした。当時のインスリンは1年で効果が切れるため度重なる入院が必要でしたが、小児科の先生はなるべく他の子と同じ学校生活が送れるよう配慮をしてくれました。怖い低血糖発作も私は自覚症状が強く、重症化する前に対処することができました。中学生までは「なぜ自分だけがこんな病気に!」と辛かったのですが、高校生になる頃には「泣きわめいても逃れられないなら、楽しく過ごそう!」と気持ちを切り替えることができました。その後短大を卒業し、就職も果たし、親が諦めていた結婚もできました。子供が欲しくて婦人科にも通い、ようやく授かることができました。

「痛い、辛い」合併症

 しかしその頃、恐れていた合併症の症状が現れ始めました。妊娠をきっかけに病歴15年の腎臓への負担が一気に増したのです。腎臓内科では「一生透析にならずに過ごすのは無理」と宣告されました。母体はもたず、妊娠25週で帝王切開となりました。腎機能は出産後一時的に回復したものの再び悪化し、5年後には透析導入となりました。それから私は合併症の恐ろしさを身をもって経験しました。血管が痛んでいたため、人工血管を使用したシャント(透析用血液回路)を保つための手術は月1回。ばね指で動かなくなった手の手術は計4回。神経障害からくる血圧の乱れによる救急搬送は幾度となく。目の毛細血管が破れた際には失明の可能性にさいなまれ、白内障の手術も受けました。足は感染性壊疽により切断を検討されましたが、当時の先生の「足を切ると余命が15年縮む。若いあなたの足は切りたくない」という言葉で免れることができました。骨を半分以上削る手術も経験しました。壊疽は痛みがかなり強く、自分1人での移動は困難で、全てにおいて家族の助けが必要でした。とても辛い経験であり、自分で歩けた時やお風呂に足を入れられた時の感動は今でも忘れられません。その後も透析時間を延ばすなど努力をしましたがトラブルは絶えず、いつしか「このまま透析を続けていても長くは生きられないだろう」と思うようになりました。痛い、辛い、家族に負担をかけている、それが続くと「早く死んだ方が皆が楽になれるのでは…」とすら思いました。母親から生体膵腎同時移植の話が出ましたが実現しませんでした。「これが私の運命なら、最後まで受け入れるしかない」そう腹をくくり、幾らかの時が過ぎたある朝、移植の先生からの電話が鳴ったのです。

ドナーの方や臓器の力強さへ感謝

 「はい、受けます」

 即答して急いで病院へ向かいました。決意は固かったのですが、私にとって移植は未知の手術。とにかく怖かったです。恐怖と闘いながら準備は進み、手術室に入りました。そして、「あなたのように(発病に関して)何の責任もないのに大変な思いをされた患者さんには、移植で元気になってもらいたい」と初診の時にねぎらってくれた、信頼する先生に全てを任せて眠りにつきました。目が覚めたらICUに居ました。個室へ移る頃には、痛みはあるものの、日一日と元気になるのを感じました。「昨日より今日、今日より明日」と力が湧いてくるような感覚。ドナーの方や臓器の力強さに感謝が溢れました。8年振りのおしっこ。その度にお腹をさすり「ありがとう」を繰り返しました。インスリン、透析、合併症の恐怖からの解放。これまで透析や入院で家に居ないことが多かった私に、息子は「母ちゃんがいつも家に居る!」と言いました。646gで生まれた息子は、幾度か死の危険があったものの、乗り越えてくれました。家族との時間が増え、できなかったこともできるようになりました。皆が「良かったね!」と言ってくれました。でも私は素直に「良かった!」と言えませんでした。 

移植後の葛藤

 私の幸せは誰かの大切な人の死と、それを悲しむご家族の上に成り立っている。悲しんでいる人がいるのに良かったなんて言えない。

 しかしある時お坊さんにこんな言葉を掛けて頂きました。「その方はあなたが移植を待っていたから亡くなったのではない。それとは関係なく、そこで亡くなる定めの方だった。あなたがいたから、ご家族が希望された臓器提供が叶った。気にやむことはない」と。何かが軽くなりました。それからは「本当に良かった!ドナーの方のお陰です」と心から言えるようになりました。ドナーの方と私は共に生きています。

命や絆の大切さを伝えています

 社会復帰もできた現在、これらの経験を多方面で話す機会も頂き、ドナーの方、そのご家族、支えてくださる皆様の素晴らしさと感謝の気持ち、命や絆の大切さを、元気いっぱいの姿で伝えています。

 

 たくさんの有り難いご縁に恵まれて、共に、元気に、楽しく、充実した毎日を送らせてもらえています。この想いは、感謝という言葉だけでは言い尽くせません。


何か感じるものはありましたか?

これら手記は公開されておりますので、是非一度お読みになってはいかがでしょうか?

 

コチラをどうぞ

 

 

 


ワンポイント

糖尿病と膵臓移植について

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