情報を鵜呑みにしない & 情報発信者の責任

もっと情報リテラシーを考えて欲しい

これは何年も前から思っていることです。

補助人工心臓を装着してからは特に医療へ関する情報リテラシーの無さを痛感する日々を過しています。

 

非常に重要だと思っておりました。

しかし、どうしてもブログ記事すると理屈っぽくなってしまうので記事作成途中でやめてしまっておりました。

 

6/11 0:20

どうやっても理屈っぽくなってしなうので、気にせず更新してみました。

尊厳欲求の塊のような記事なので、少々お見苦しいかもしれません。

情報リテラシーとは何ぞや?

私が強く伝えたい箇所を赤字にします。


出典

ACRL(米国大学図書館協会)で定義されてる「Information Literacy Competency Standards for Higher Education」より抜粋

日本語訳:青山学院大学(東京)野末俊比古

 

情報リテラシーとは、「情報が必要なときに、それを認識し、必要な情報を効果的に見つけ出し、評価し、利用する」ことができるように、個々人が身に付けるべき一連の能力である。

 

また、テクノロジーが急速に変化し、情報資源が増加している今日の環境において、情報リテラシーの重要性は一段と高まっている。この環境の複雑さはますます進んでおり、個々人は、大量で多様な情報の選択に直面している。

それは、大学での勉学においても、職場においても、私生活においても生じている。情報は、図書館、コミュニティ資源、専門団体、メディア、インターネットを通して利用可能である

 

そして、ますます、情報はフィルタを通さない状態、すなわち出典や妥当性、信頼性において疑わしい状態で、個々人に届けられるようになっている。さらに、情報は、画像・音声・文字を含む複合的なメディアを通して利用可能であり、そのことは、個人が情報を評価し、理解するにあたって新たな問題を引き起こしている。不確かな質で、量も増えつづける情報が、社会にとって大きな問題をもたらしている。極めて多くの情報を持っていたとしても、それを効果的に利用するための能力がなければ、情報に通じた市民ということにはならない。

 

情報リテラシーは、生涯学習の基礎をかたちづくるものである。それは、すべての学問領域、すべての学習環境、すべてのレベルの教育に共通である。情報リテラシーによって、学習者は、学習内容を習得し、調査を展開でき、さらに自立的になれ、自らの学習をしっかり管理できるようになる。

 

情報リテラシーを身につけた個人は、次のことができる:

・ 必要な情報の範囲を確定する

・ 必要な情報に効果的かつ効率的にアクセスする

・ 情報と情報源を批判的に評価する

・ 選び出した情報を個人の知識基盤のなかに組み入れる

・ 特定の目的を達成するために情報を効果的に利用する

・ 情報利用をめぐる経済的、法的、社会的問題を理解し、倫理的、合法的に情報にアクセスし、利用する 


「情報を受け取る患者サイド」で考える情報リテラシー

上記の赤字箇所そのものです。

あまりにも不用意に表示されている情報だけを盲目的に信じて行動する人が多すぎる。

しかし、それだけの問題ではないと思います。

「情報を発信する患者サイド」で考える情報リテラシー

このホームページで考えてみます。

読者を「情報を受け取る患者サイド」私を「情報を発信する患者サイド」と考えてください。

 

私が薬や治療内容・方針について書き込みをする時には、極力読者の情報リテラシーを意識して書くようにしています。

誰もが情報リテラシーに長けているわけではありません。

情報リテラシーが乏しいことを想定して書き込む

例えばこんな書き込み

  • ○○水は身体を浄化させてくれる
  • 癌に抗がん剤は使うな
  • このサプリメントを飲めば病気が良くなる

どれも情報源について書かれていることが少ない。あったとしても個人の見解だけだったりする。

 

「情報を受け取る患者サイド」

読者は必ずしも情報リテラシーが高いとは限らない。

 

 

誰もが高い情報リテラシー持っている世の中であれば、いちいち細かいことを書く必要はないと思います。しかし、現実はそうではありません。

最終的に判断するのは当人ですが、表示されている内容が乏しいと不利益を被る判断をしてしまうことが容易に想像できます。

例えば「こんなハズじゃなかったのに」ということが起りえるかと思います。

それは当人だけでなく、その周囲にいる家族の生活をも巻き込むかもしれません。

また、情報を発信する側としても良かれと思って書いたことがそのような結果になることは望んでいないと思います。

ついては情報を発信する側としては相手側の情報リテラシーを最大限考慮して情報発信しなければならないと思います。

 

 

 

例えば医療に関する情報発信

医療従事者等の会員限定サイトであれば、情報が乏しい記事があっても不利益を被る方は少ないと思います。

それは医療情報利用に対するリテラシーの高さがあるからです。

しかし、誰もがアクセスできてしまうSNSやブログでは異なる。

不特定多数の人が見るからこそ、情報リテラシーが乏しいことを前提として書くべきだと思う

 

これが私の持論です。

簡単に始められること

可能な限り公的機関などの確かな情報を利用し、情報の出典元を明確にすること。

また、自身の考えなどであればその事実を明確にすること。

通販番組等でよくみれらる「あくまで個人の感想です」ということを記事毎に書くこと。

 別の記事等で書いてあっても、読者は必ずしも読んでいない可能性があることを考慮します。

 ホームページやブログなどのトップページ等で書くだけでは不十分だと思います。

補助人工心臓に関するブログの少なさ

病院施設側もこの点について悩んでいるように感じます。

ただ、治療を受けている本人の生活スタイルを知ったり、移植医療普及へアプローチする上でブログやSNS等は優秀なツールの一つだと思います。

 

正しく使いこなす

情報発信する患者サイドへの情報リテラシーを高めることも、植込み型補助人工心臓 実施施設としての使命だと思います。

うんざりする事

医療に限らず多くの企業などがこの状況を巧みに利用して売り上げるを伸ばしているという事実。

申し訳ないですがコチラの商品を引き合いにしてみます。

 

DHCの健康食品 極らくらく

 

 

私がここまでに書いた観点で読んでみませんか?

様々な疑問がでてくると思います。

 

 

正直、私はこの商品を買いたいとは思いません。

しかし、情報リテラシーが乏しいと企業の術中へハマッてしまうことがあります。

顧客ターゲットとしているのも「情報リテラシーが乏しい」方であるような気がします。

この辺は消費者庁が積極的に介入して企業倫理の乏しい企業を是正して欲しい。

 

ちなみにfacebookやTwitterのシェア、リツイートも同じです。

何気なくシェアしていることが、実は上記のような企業と同じ役割を担っていることがあるのも事実。

その情報発信の大元はまさに情報リテラシーの低さを利用して、センセーショナルな見出しで記事を作成する。

こんな情報に溢れている社会にはうんざりします。

文部科学省へ言いたい

時代に合わせて義務教育でプログラミングなどを取りれる事もいいと思います。

しかし、これだけ情報に溢れる社会なので情報利用者・発信者両方の面での情報リテラシーの大切さを教えて欲しい。

最後に

このブログ記事はあくまで私個人の感想です。

皆様は十分に検討した上で判断、行動してください。

facebook等でシェアしていただけると幸いです。

発信を続ける以上、多くの方に知ってもらいたいと考えております。

移植医療啓発に少しでも役立てればと思います。

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コメント: 5
  • #1

    ドコモ (土曜日, 11 6月 2016 16:54)

    プチさんのブログ、大変貴重で、有益な情報を毎回提供されており、畏敬の念を抱いている次第です。

    その中で、今回の記事のテーマから教えていただきたい事があります。

    5月27日の記事で、プチさんはレシピエントとドナー親族が直接コンタクトが取れる
    可能性について述べられております。
    病院、ネットワーク側と待機者との取り交わしでは、ドナー親族とレシピエントが交流が取れるのは、サンクスレターのみのはずで、このような他の方法(可能性)を記事で述べるのは、移植ネットワークとのルールに反するのではと思いました。この記事を書くにあたり、関係者(病院、ネットワークなど)に確認はされているのでしょうか。
    当サイトには、いろいろな患者さんのブログのリンクも貼られているので、他者への影響もあるのではと思います。
    情報リテラーシーという観点から、疑問を感じている次第です。
    不躾な質問である事をお許しください。

  • #2

    プチ(管理人) (土曜日, 11 6月 2016 19:25)

    ドコモさん

    初めまして。
    サンクスレターでしたね。名前を思い出せませんでした。

    確かに、ヒントを与える可能性はあるかと思います。
    しかし、そこについて黙っているのも違和感を感じております。
    現状、そのような環境を沢山目にしております。また、本人特定の方法はいまやインターネットで簡単に調べることが出来る状況です。
    警鐘を鳴らすという大層なものではありませんが、このまま問題視されずにいていいのかという思いもあり書きました。
    ※そのこと自体「ブログで公開すべき事柄ではなく移植ネットワークへ問題提起すべき」という意見にも読み取れました。

    この記事自体を削除したほうが良いのでしたらそのようにしたいと思います。
    ただ、待機者は実名を晒してはならないのでしょうか?


    病院側には本ブログにて施設名を開示することについて口頭での許可をいただきました。
    ただし、ブログ記事内容について都度確認して頂いているわけではありません。
    あくまで私個人の声をそのまま出しています。
    本名の開示については確認しておりません。
    開示してはならない文献をご存知であれば教えていただけると幸いです。
    こちらこそ、不躾な質問である事をお許しください。
    また、その他によろしくない箇所がありましたらコメントやメールにてご指摘いただければと思います。
    よろしくお願いいたします。

  • #3

    ドコモ (土曜日, 11 6月 2016 23:33)

    プチ様
    ご回答ありがとうございます。

    まず、プチ様が実名を公にし、ブログを書かれていることに関しては意見はございませんし、プチ様のブログ記事はほとんど読ませていだき、移植待機者としてのご経験、ご苦労、本音をしっかり伝えてくださる貴重なブログであると常々思っております。

    僭越ながら、私が意見をさせて頂いているのは、5月27日の記事のみです。
    本名の開示については、個人の責任だと考えます。してはならないという文献は存じ上げません。

    5月27日の記事のみに関して述べさせていただきます。
    この記事は第3者に不利益を生じる可能性があると懸念しております。
    このサイトのリンク集には、移植経験者のブログが複数記載してあります。
    この方達は、氏名、年齢などの個人情報、移植日などの具体的なことは書いていないと思います。
    しかし、27日の記事をもとに、移植日はネットワークのサイトでの脳死提供情報を元に、移植日を特定することはは可能でした。

    移植経験者も、ブログで特定される可能性があることは承知の上で書かれていると推察します。ブログは自身の自由と責任のもとで書かれるべきです。この特定方法は暗黙の了解であったと思います。

    しかし、この特定方法を具体的にブログ上で書くことで、上の方々に不利益を被る可能性を上げてしまうのではと感じました。
    情報リテラーシーの観点から、プチ様ご自身のみならず、他の方々へも良くない影響を与えるのではと危惧して、お考えをお聞きした次第です。

    以上、意見を述べさせて頂きましたが、これはプチ様のサイトでの記事であり、私にこの記事が残ることで不利益になるわけではございませんので、削除をすべきだと直接申し上げている訳ではありません。

    コメント欄をご提供くださっているので、その中でコメントいたしました。
    以上が私の考えであり、プチ様のお考えが改めてあれば、教えていだだければと思います。
    最後に、移植に関する問題を私も真剣に考えているつもりで、その上で差し出がましくも意見させて頂きました。
    ご容赦ください。

  • #4

    ドコモ (日曜日, 12 6月 2016 00:44)

    追記

    27日の記事を再度読み返し、私の言葉不足がありましたので、追記させてください。
    私が、意見をしているのは、27日の記事全体ではなく、ネットでの特定方法を記載している部分のみです。すみません。

    また、27日の記事を最初に読んだ時、記事の最後に意見は不要と記載されており、当時はコメントは書かずにおりました。

    しかし、本日のテーマ、リテラシーで発信者側の責任について話されている中で、上の点に関する考えを改めて聞きたいと思い、ご意見したことをご了承くださいさい。

    プチ様が相当な責任を持ってサイト、ブログを書かれていることは常々感じてましたが、上の点はプチ様の責任範囲を越えていると感じ、意見させて頂いてます。


  • #5

    プチ(管理人) (日曜日, 12 6月 2016 11:23)

    ドコモさん

    色々とご指摘いただきありがとうございます。
    私も完璧な人間ではなく、手探りで進めている状況でもありますのでドコモさんに限らず色々な方から意見をいただきたいと思います。
    日々、メール等でも沢山いただいておりますがコメント欄に残していただけると他者の意見もお伺いできるので、可能であればこれからもコメントいただければと思います。