○○を持って行動する人は信頼、尊敬される

普段なら無視している(アクションを起こさない)ことですが、今回だけは書きます。

神奈川県 津久井やまゆり園の事件に関連して

残忍で卑劣きわまりない事件が発生したのは皆さんご存知のことかと思います。詳しい内容は割愛します。その中で容疑者から障害者は社会的に不要な存在だから死ぬべきだという言葉があったと報じられています。

私は容疑者についてマスコミが報道している以上のことはわかりません。また、どんな人生を歩めばこのような言葉がでてくるのかも正直理解しがたいです。

私だけではない

SNS等による誹謗中傷のイメージ
SNS等による誹謗中傷のイメージ

私のホームページはある程度顔を出し、コンタクトを取れるよう入口をオープンにしています。それをいいことに誹謗中傷をいただくことも多いのが正直なことです。この津久井やまゆり園の事件翌日にあるメッセージが届きました。(問い合わせフォームからのメッセージでした。)

 

貴方も必要のない人間だから死んだら

 

今回も無視しました。当然、そのようには思っていないし、相手は返信先さえ記入していない(デタラメなメールアドレスと思われる)のでリアクションしようが無い。

ごく一部の方だけと思いたいですが、このようなことを匿名をいいことに発信することは人として許せない。また、それは私だけではないようです。


私がよく読ませていただいている障害のあるお子さんを持つ方のブログがあります。その方のブログにもメッセージ内容の差があれど似たような誹謗中傷があったとのことです。リンクなどを望まれていないので掲載しませんが、その誹謗中傷はお子さんに対して向けられています。

私のように本人へ届くならまだいいですが、匿名をいいことに家族へ対してそのような誹謗中傷するのは許せない。その方は届いたメッセージとともに、自身の強い憤りを記載されておりました。

私も一人の人間ですので、そのようなメッセージがあると心が痛みます。しかし、匿名で発信させる内容について都度反応していたのではキリがないので、このブログで紹介することもしません。また、色んな意見はあると思うので、双方向でコミュニケーションを取れるよう意図的に入口をオープンにしています。

唯一リアクションした投稿

拡張型心筋症は最近国試の過去問で勉強してたから機序はわかるんやけど、

補助人工心臓、やっぱり生きてる心地がしないというか生きてるけど生かされてるんだな……って感じ。

某SNSによる投稿内容です。こんな投稿は毎日無数に存在します。閲覧することはあっても反応することはありませんが、今回は一言だけ反応しました。

 

自分の意思で生きてますけど

 

現場や病気を持つ方と対峙したことないからこそ発せられる内容と感じました。この方は医療者を目指しているようですが、医学の前に人として学ぶべきことが沢山あるのではないかと感じました。少なくともこのような方が医療者になられても関わりたいと思いません。

この方の気付きになればと思い、あえて反応した次第です。また、それにあわせてトップページの動画も変更しました。

私もひねくれ者ですね・・・ 

私が信頼、尊敬している人

私がお世話になっている病院では度々メディアに報じられることがあります。私には真実を判別することはできませんが、それでも信頼できています。そして、治療を受けています。

ずっと患者の側へ寄り添うことは出来ますか?

これは私の弟が拡張型心筋症で入院していた時のこと。頼り無さそうなヒョロッヒョロとした若手の先生が担当されました。
確かに、初めは頼り無さそうに思えました。しかし、この先生はずっと患者へ寄り添って治療をしてくれました。
文字通り、時には弟の病室へ張り付いて対応してくれました。もう名前を忘れてしまいましたが、最後にはとても信頼のおける先生となっておりました。今でも感謝しています。

あれから十数年。知る術もないですが、今は大きく羽ばたいていられることでしょう。

それは頼り無さそうな先生から、信頼できる先生へ変っていることと思います。

パッション

私にとって、この言葉へ秘められた思いは強いです。ただ、簡単に持つことができないのも正直なところかと思います。

今の主治医にはパッションを感じ取ることができているので信頼、尊敬できています。

どのような経験があればあの熱い情熱を持てるのだろう。そんなことを感じてしまいます。

過去記事「救急搬送 エピソード4」にて一部記載しています。

 

 

また、補助人工心臓 エヴァハートを開発・製造されているサンメディカル技術研究所の皆様からも熱いパッションを感じることができています。熱い情熱がなければ、ここまでの製品は出来なかったことでしょう。

 

 

最近、とある理由によりVADコントローラーのバッグを交換してもらいました。
新しいバッグを見て気付きました。ドライブラインを固定するマジックテープが変ってました。(赤枠の部分です)

おそらく細かい改善を重ねているのでしょう。近々、ケーブルカバーも変更されるようなのでより良い製品にしようという情熱を感じとることができます。

嬉しい限りです。

ドライブラインを固定するマジックテープ
ドライブラインを固定するマジックテープ

私が貢献できること

私からも「元気になりたい、まだ生きたい」、「移植医療を普及させたい」という熱い思いを発信することが、今唯一できることではないかと思います。また、その思いより少しでも多くの何かが生まれればと思います。
かつてトリオ・ジャパン 荒波さんが臓器移植について奔走されたのも、思いの差はあれどパッションにより動きはじめたのではないでしょうか。その荒波さんの活動や補助人工心臓の開発があり、今の私は国内で移植待機をすることが可能となっています。

私が無事に心臓移植を終え、その後を元気に過せるようになったなら、その時に持っているパッションに従い何かに取り組みたいと思います。

容疑者にパッションはあったのか?

容疑者が言うように重複障害者に対して何とかしたいとうパッションがあったのであれば、今回の短絡的な行動はなっかっと思う。つまりはパッションといえるものは無かったのではないか?

途中で書いた医療者を目指す方もパッションを持って医療へ貢献できるようになって欲しい。その思いもこめてこの記事を綴りました。

 

なかなか一緒に活動できておりませんが、患者スピーカーバンクの方はこのパッションというものが溢れています。是非貢献したいのですが、補助人工心臓を装着している身では活動が厳しいのも事実。

移植後に社会還元できるよう、今はパッションを大きく膨らませるとともに、自分の引き出しを増やしたいと思います。

facebook等でシェアしていただけると幸いです。

発信を続ける以上、多くの方に知ってもらいたいと考えております。移植医療啓発に少しでも役立てればと思います。

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コメント: 16
  • #1

    医療者A (日曜日, 31 7月 2016 01:10)

    プチさん

    はじめまして。こちらのように、患者さんのブログというのは大変貴重で、他の多くの患者さんが勇気づけられているでしょうし、私も日々プチさんの情報発信のおかげで勉強させて頂いております。

    今回コメントしましたのは、プチさんが反応された投稿の、どういったところが良くなかったのかがわかりにくかったからです。おそらく「生きた心地がしない」という表現が、前向きに生きようとしている患者さんからすると、失礼に感じたのではないかな?と想像しました。しかし私が読んだところ、まさに現場の多くの医療者が感じていることだな、とむしろ共感してしまったのです。
    極一部の患者さんしか適応にならない補助循環の特殊性を考えれば「生きてる心地がしない」し、補助循環がなければ多くの方は多臓器不全が進んでしまったり突然死したりする状況ですので、まさに「生かされている」といえるのではないかな、と思ってしまいました。
    例え慢性的に心室細動(血液はほぼ拍出できない状態)になっていても、植込み型VADで大幅に死を先延ばしにできる方もいますから、力及ばず多くの方を看取ってきた立場からすると、補助人工心臓をつけている患者さんは機械に生かされているといえるな、と思うのです。

    最近問題になっていますが、補助循環を使えるような高度医療を提供できる病院では、今の日本ですと医療従事者の善意の無賃労働で成り立っている現状もあります。今回の趣旨とは外れてしまいますが、そういった意味でも患者さんは「生きた心地がしない」はず、、と考えています。法律を守っていたら、当直の心臓外科医1人で植込み型VADの24時間対応はできませんし、ドナーが出ても移植することができません。

    関わりたくないとまでおっしゃるので短い文章では語りつくせない思いがおありだと思いますが、ぜひプチさんのご意見をもう少しだけきいてみたいです。

  • #2

    guda-guda-jiyu-jin1968 (日曜日, 31 7月 2016 02:14)

    誰がなってもおかしくない、障がい者。。。
    明日は、我が身。
    誰がどんな障がいになるか?そんなのは、わかりません。
    自分や身内がなって、初めてわかること。
    生かされてるのではなく。
    生きる喜びをいただいております。
    人が味わえない喜び、人よりも幸せな喜び。
    ゴクゴク普通の生活が一番の喜びだと知らない人が多いのでは?

    生きたいって誰もが思うことです。
    私は、プチさんを応援してます。

  • #3

    プチ(管理人) (日曜日, 31 7月 2016 22:44)

    医療者Aさん

    コメントありがとうございます。
    拙いホームページ(ブログ)ではありますが、閲覧いただいているとのこと大変嬉しく思います。
    「生きているけど生かされている」という点について、簡単ではありますがもう少し踏み込んで書いてみたいと思います。
    私と家族が歩んできた人生が複雑に絡んでいるので、簡潔に述べることは出来かねますのでご了承ください。
    ※尊厳についての想いも絡んできますが、ややこしくなるのでここでは深く書きません。

    機械的に補助を受けて心臓を動かし、生命活動を維持することに対して「生きているけど生かされている」というのは正しいと思います。
    その機械的な補助を開始するに当たって本人の意思を問うことができない状況もあるかと思います。
    そのような状況では最終的に家族が同意することが多いと推測します。(詳しいプロセスは分りませんが)

    ただ、機械的な補助の前にその方の歩んできた人生があります。
    「生きたい」というのは本人が発することだけを意味するのもではないのではと思います。
    個人的に問いたいことがあります。
    ===========
    病気もなく歩んできた方へ
    いままで口頭や書面で「生きたい」と家族へ意思を示したことがありますか?
    ===========

    単純に「生きて欲しい」と願う家族もいると思います。
    実際の大部分の方がそのように感じます。
    意思を示せない患者に代わって家族が補助循環の実施を承知する光景を見れば「生きているけど生かされている」という表現がでるかもしれません。
    しかし、周囲が「生きて欲しい」という願いは、ご本人が歩んできた人生を見届けてきた裏づけがあるからこそ本人の「生きたい」という想いを汲み取って、補助循環に同意しているのではないでしょうか。少なくとも私はそのように感じました。
    「そのように見える方」を単純に「生かされている」という言葉で収めるような医療者だけにはなっていただきたくありません。
    人は誰しも同じ環境におかれているわけではありません。また歩んできた人生も誰一人として同じものはないと思います。
    大変難しいことではありますが、医療者を目指す方であれば「生きたい」という本人の想いへ(家族からの間接的な想いを含め)答えるという「崇高な志」を持っていただきたきたく思います。
    これから医療を学んでいく中で似たような境遇にあったとき、その言葉を思い出し考える切欠になればと思い書かせていただきました。


    また、医療者側に負担について少しコメントさせていただきます。
    ある特定の部分のみ切り出せば「生きた心地がしない」という点は大なり小なりあるかと思います。私にもあります。

    私も詳しいことは分りませんが、医療従事者には相当な負担となっている状況というのは感じます。
    例えば急いで伝えたいことがあるのにVAD担当医に電話がつながりにくいこともあります。
    また、医療従事者だけでなく手術室やICU病床の少なさも問題のような気がします。
    ドナーが出れば、提供側の病院の手術室なども相当な時間を潰すと聞きます。
    手術室が少ない病院であれば、ドナー提供の意思があっても病院側が手を引くような状況もあるのではと思います。
    (予定している手術であったり、緊急性の高い手術の対応が困難になるといった影響を聞いたことがあります。)

    そんな背景を耳にしても私個人としては「生きた心地がしない」とは思いません。
    一つの例として書いてみます。
    「父親」
    今の循環補助による環境のおかげで、「父親」という尊厳を取り戻すことができました。ものすごい生きている心地がしますよ。

  • #4

    プチ(管理人) (日曜日, 31 7月 2016 22:56)

    guda-guda-jiyu-jin1968さん

    そうですね、自分含めてそのように感じます。
    普通に生活していれば気付くことも少ないでしょうが、それらが困難になったり失ったときに初めて「普通がどれだけ素晴らしいことなのか」が分るのでしょう。
    単純に言葉にすればそれだけで、ごく一般的な内容だと思います。
    しかし、その言葉の奥に「多くの経験や想いに裏づけされている」というところまで伝わりにくいです。その点が何とも歯がゆいです。。。

    私も含め「生きたいという思い」は誰にでもあると思いますが、病気も何もなければ改めて思うことも少ないかと思います。
    この伝わりにくい点を出来る限り、多く発信できればと思います。
    応援ありがとうございます!!

  • #5

    医療者A (火曜日, 02 8月 2016 23:41)

    プチさん

    早速のお返事をありがとうございます。コメントが遅くなってしまい、すみませんでした。

    患者さんの今までの人生、これからの人生を考えてこその治療なんだよ!目の前だけをみて関わろうとするのは医療者として欠けている部分があるかもしれないよ!、ということですね。
    私もその通りだと思い、納得しました。そして、少し安心しました。

    引用されてらっしゃるSNSの某投稿は、私の捉え方ですと「VADって心臓の代わりに送血してるんだ、突然無くなったら死んでしまうかもしれない、患者さんにとっては命綱の機械なんだ、すごいな。」みたいな、単純に「命綱」的な意味だと思ったのです。
    例えば開心術で場合によっては「体外循環、人工心肺」と呼ばれるものを使っていったん心臓を止めて手術することはご存知かと思いますが、この状態を「脳に血液行ってるし、患者さんは生きてるんだけど人工心肺で生かされてる状態なんだよね~」って言ってしまうのと同じ感覚です。そんなことを言う医師も、別に患者さんの人生に想いをはせていないわけではないのです(それは手術室でやることではありません。手術、全身管理に集中します)。ただ、科学的な事実を取り出して言っただけなのです。その事実を医療スタッフ、医療系の学生で共有し、良い結果をうみ出せるように日々淡々とお仕事をし、勉強し、教育もする。それが私たちの日常なのです。
    例えば医学生は、患者さんがそんなデリケートな状態なんだっていうことを理解することがまず大前提なので、某投稿の通りに考えて問題ないと思います。ただ、これを意識ある患者さんや身内の方にお話するときは時と場所を考えないといけません。「合併症の多い機械に命を預けて生きる」ということの、患者さんの受け入れ方や受け入れにかかる時間は人それぞれですから。プチさんもVAD教育で何度も説明されたのだとお察しします。

    ここまで書いてやっと気がついたのですが、この某投稿は、プチさんあてに送られたものだったのでしょうか。そうするとちょっと辛く聞こえるかもしれませんね。。と今さらながら思いました。拡張型心筋症一般、補助人工心臓一般に対する印象を言っているのか、わかりませんが。これから人の死を診断する立場になる人と、そうではない人でも随分と受け取る印象は違うと思います。

  • #6

    医療者A (火曜日, 02 8月 2016 23:43)

    プチさん

    (続きになります)

    最後に、医療者は崇高な志を持ってほしい、というのは何となく聞こえもいいし、私もそう思うかな、と考えてみました。現実的には、どんな危ない思想を秘めていてもそれは医療者であっても人それぞれの自由だし、きちんと仕事ができるかが一番大事なんだと思います。どんなに人を救いたい気持ちが強くても、どんなに頻回に患者さんのそばに来ても、どんなにお人よしで患者さん受けが良くても、仕事ができなければ仕方ないです。
    仕事ができるのが前提で、きちんと患者さんの気持ちに寄り添える(ような雰囲気をきちんと出せる)となお良いという感じです。例えば崇高な志をこじらせてしまうと、ICUで超高齢者に貴重な人材・血液製剤や高額な薬剤・機材を滝のように使い、すべては皆様の税金で賄っているという意識はどこかに飛んでったまま、患者さんのご意思、ご家族のご希望に沿って治療を続けるなんて例があります。国民みんなの幸せにはなりません。


    ですから、どうかお願いです。人工心臓に興味をもってくれた学生さんがいらっしゃるだけでも貴重なことなんです。「医学の前に人として学ぶべきことが沢山あるのではないかと感じました。少なくともこのような方が医療者になられても関わりたいと思いません。」こんなことを言われると、人として否定されているようで少しだけ怖いのです。若い芽をつぶさないであげてください。医療者はずっと勉強し続けます。科学的なことを学び、それに結び付けるようにして倫理的なことも学んでいくのです。生まれつき崇高な志をもって医療者になる人なんてきっと稀です。患者さんも、色々な考え方の医療者とお付き合いしなければいけないのです。「特定の宗教の医療者とは関わりたくない」というのが簡単にはいかないのと同じでしょうか。
    ネット上では、現実世界では直に接することのない医療者の色々な考え方があちこちにあります。納得できない考え方もたくさんあると思います。移植待機中の精神状態だと少し辛辣なことも言い返したくなると思います。でも、現実世界で接する医療者は多くがプロとして振る舞っているのではないですか。

    プチさんの医療に私が直接関わっているかは一応伏せておきますが笑、暑い日が続きますのでどうぞ気を付けてお過ごしください。

  • #7

    プチ(管理人) (水曜日, 03 8月 2016 23:21)

    医療者Aさん

    どなたかはわかりませんが(ということにしますが)、その方を人として否定するような意図はなく、「自分の意思でいきてますけど」の一文しか伝えてません。それでも色々と含みを持たせた意図はあります。
    まだ先がありますので、色々考えて前へ進んでいただければとも思います。
    滅多に噛みつくような事はしないのですが、色々と続いている状況でもあったの少しばかり噛みついたのも正直なところです。

    暑さは大丈夫ですが、最近の雷と地震で神経がすり減りつつあるのでダラダラと過ごします。

  • #8

    ドコモ (木曜日, 04 8月 2016 02:24)

    上の医療者Aさんのコメントのやりとりも見させていただいた上でコメントさせていただきます。

    今回の記事内でSNSの発言者、発言内容について、プチさんの考えを述べられていますが、これはプチさんに向かっての発言ではありませんよね。プチさんが「補助人工心臓」などのキーワード検索により、この発言を見つけ、プチさんのお考えを発言者に述べられた(気づきを与えたられたら)という流れかと思います。その方が、プチさんにコメントを返されたのでしょうか。そのやりとりを踏まえ、発言者さんのことを述べられているのでしょうか。「関わりたくない」という強い口調の言葉に疑問を感じております。

    そして、私から意見させていただきたい点がございます。今回の記事で、発言者に対して、殺人者を引き合いに出して(発言者にパッションがない、感じられないという観点から)、相手にアドバイスを送る方法は間違っていると思います。

    発言者がこのブログをもし見たら、どう思うでしょうか。「自分には、プチさんのような方から見たら、パッションが足りていなないのか。あの犯人が無かったものを、私はきちんと持たなきゃ。そのためにもっと頑張らなきゃ!」と前向きに捉えられるでしょうか。私はそうは思いません。
    これから医療関係に従事しようと勉強されてる方でしたら、歳も若いでしょうし、精神的な強さも身につけられてる最中でしょう。多くの方が目にするネットで、殺人者を引き合いに自分のことを述べられていることを知ったら、傷つくと思います。

    この点に関しては記事の一部訂正、あるいはSNS発言者に関する部分の削除をすべきです。
    お考えいただけないでしょうか。

    このブログを


  • #9

    ドコモ (木曜日, 04 8月 2016 02:29)

    上のコメントの最後一文の「このブログを」は、単なる入力ミスです。申し訳ありません。

  • #10

    プチ(管理人) (木曜日, 04 8月 2016 08:48)

    ドコモさん

    ご指摘の件ですが、その後に発信者の方よりメッセージをいただいております。
    その点についてココでは掲載いたしません。

    また、本ブログについてですが、良い事も悪いこともありのまま発信することに努めています。私がいつ何を考え、どう感じたのか。どのような行動をしたのか。

    これらは私がVAD装着をして間もない時期に大変悩みました。
    なんせ、VAD装着者自体が少ない状況であり聞ける人も多くはないです。また心の奥底まで聞くことは更に難しいです。
    ココでは書くことができないような状況(自暴自棄)になっていたこともあります。
    その時に「こんな考え(行動)って俺だけなのか?自分だけが異常なのか?」ということを言葉に表せないくらい悩みました。
    そんな時、VAD装着者本人がありのままを綴ったブログってないな~ということもありブログを立ち上げた次第です。

    確かに発信者に配慮する必要はありますが、それを受ける私達には配慮なしでしょうか?ハッキリ申しますとお互い様だと思います。
    私は医療者ではありませんから、医療者の思いや背景までは分りません。
    逆もそうではないでしょうか?
    コメントも何もない状況でのご指摘でありましたら削除もしくは訂正をしたかもしれませんでした、今の状況ではドコモさんのコメントを含めてそのまま残したいと思います。
    ご理解いただけると幸いです。

  • #11

    ドコモ (木曜日, 04 8月 2016 11:29)

    丁寧なご回答ありがとうございます。
    この記事に対する発言者様のコメントも頂いているとのことなので、訂正、削除などの意見は撤回いたします。

    暑さ厳しき折、くれぐれもご自愛くださいませ。


  • #12

    医療者A (木曜日, 04 8月 2016 23:39)

    プチさん

    ドコモさんも同じことをお感じになったみたいですね。私の疑問をズバッと書いてくださいました。
    ルールを守っていれば、ブログなどは個人が自由に表現するところで、表現の自由というように、他の人とコミュニケーションをとったりとらなかったり、ときには議論したり喧嘩したり、書いたり消したり、自由にしていいし、それが醍醐味だと思っています。好きなことを書いたり、嫌いなことを書いたり、急にやめてみたり、全部自由だと思っています。自らネット上の発言を探し出して反応するのも、メッセージを受け付けて送られてきたものに衝撃を受けるのも自由です。
    ですから、ネット上で発言をして、医療を志す人をがっかりさせたり、医療を萎縮させたりすることも自由だと思っています。
    私もそうですが多くの人は思想を公開するとき、「これ書いたらやばいことが起こるかも。。」という思いが一つのブレーキの役割になっています。

    完全に匿名でブログ記事をUPされていたらよかったのですが、プチさんは通院先、移植予定の病院、ご自身のお名前、素顔や体形、性別、家族構成、ご自宅の地域、勤務先の地域まで公開してしまっています。あまり過激な発言を残してしまうと、ネットの世界をこえて攻撃されてしまうのではないかと心配です。ご家族も危険にさらされているかもと思うと、さらに心配です。
    それこそ先日の神奈川県でたくさんの方が亡くなった事件のように、プチさんの通院先の関係者が敵意をむき出しにしたら、容易に現実世界のプチさんのもとにたどり着いてしまうと思います。病院の個人情報管理は、残念ながらまだ信じられないほど適当です。

    ところで医療者というのはただの職種ですし、VAD装着も心臓移植も患者さんが選んだただの治療の一つです。ドクターでVAD装着している方や移植待機している方もいるでしょうし、みんなただの人間です。(わたくし医療者Aも実はお腹からドライブラインが出ているかもしれません。)医療者もただの人間ですので、どんな考えを持っている人がいるかわからないのです。危ない考えをもってる人はいないといいな、とは思いますがこればかりはわかりません。

    私はネット世界にあまり詳しくないのですけれど、今の状況は匿名の方同士でコミュニケーションをとっているお互いさまとは異なる状況とお察しします。

    今回のブログ記事は、プチさんのお考えが表れた良い記事と思いますが、
    ・医療を萎縮させるような内容で、今までのプチさんの移植医療を普及させる方向に働きかける考えと違う気がする。
    ・個人情報を公開しながらの内容と考えると、心配。
    という2点が気になりました。

  • #13

    プチ(管理人) (金曜日, 05 8月 2016 08:54)

    沢山のコメントを頂きありがとうございます。
    正直、私にも正解はわかりませんが、色々と思うことはあります。今回のコメントの中においても新たに学ぶものが沢山ありました。

    私がどのような背景、意図(リスクアセスメント含め)があって情報を開示しているのかを記事にしたものを前々より作ってあります。
    今回が良い機会になりましたので、少し補足して公開を検討したいと思います。
    ※本当のところは移植後に該当記事を公開する気持ちだったのですが、良い機会なのでもう一度考えてみたいと思います。

  • #14

    医療者A (日曜日, 14 8月 2016 23:12)

    プチさんが抜粋してらっしゃるSNSの投稿と考えられるものを見つけしたのでまたコメントします。ぜひ多くの他の方にもこのコメントを読んで頂きたいです。
    ドコモさんのおっしゃるように、プチさんに向けられたものではなかったようですね。

    「拡張型心筋症は最近国試の過去問で勉強してたから機序はわかるんやけど、
    補助人工心臓、やっぱり生きてる心地がしないというか生きてるけど生かされてるんだな……って感じ。失礼かもやけど。
    胸が苦しくなるね」(以上引用)

    これがとある看護学生と思われる方がツイッターの公開アカウントで7月28日につぶやいた内容のようです。
    それに対して、プチさんはブログ上で、

    「この方は医療者を目指しているようですが、医学の前に人として学ぶべきことが沢山あるのではないかと感じました。少なくともこのような方が医療者になられても関わりたいと思いません。
    この方の気付きになればと思い、あえて反応した次第です。」(部分抜粋)

    と書いてらっしゃいます。(ということでよろしいでしょうか?)

    またわからなくなってしまいました。看護学生の方が患者さんに心を寄せて思いをツイートしているのに、どうしてこのようなプチさんの反応を、あえてブログに書いたのか。どうして、「失礼かもやけど。胸が苦しくなるね」という部分を消してしまったのか。プチさんがブログ読者に共感してもらいやすいように、消してしまったのでしょうか。それとも、架空のツイートとして取り扱いたかったのでしょうか。
    プチさんご自身に向けられたわけでもない他人のツイートを拾い上げて、噛みつき、あげくにブログに取り上げてしまったのですか。

    医療を勉強している方にとって、このような気持ちはごく当たり前のことですので、プチさんとしては例えばまた別の看護学生さんや医学生さんがこのような気持ちをもったときに、どのように振る舞うことを理想としていらっしゃるのでしょうか。
    ・鍵のかかっていない公開のアカウントでは患者さんの目に触れるのでつぶやかないで欲しいと思いますか?それともプチさんの目につかない範囲だったらいいと思いますか?
    ・そういう気持ちを持つような人は医療者にならないで欲しいですか?
    ・それとも、学会や医療者どうしの会話でだったらいいと思いますか?
    ・同じ勉強用の資料を読んだ学生同士で議論しあい、そこで、問題のツイートと同じような発言をした人がいたとしたら、不快な気持ちをいだきますか?その考えを矯正して欲しいと思いますか?
    ・「補助人工心臓」などのワードで検索してひっかかるツイートを読んで、感情の起伏を自ら大きくしていることがあるのでしょうか。

    あと、プチさんのコメントにある
    「確かに発信者に配慮する必要はありますが、それを受ける私達には配慮なしでしょうか?ハッキリ申しますとお互い様だと思います。
    私は医療者ではありませんから、医療者の思いや背景までは分りません。
    逆もそうではないでしょうか?」
    もこうなるとちょっとよくわからないです。
    お互いの思いや背景まではわからないから、発信者の方はただ自分の思ったことをツイートしたのではないでしょうか。どうしてそれを責められる事態になったのでしょうか。「VADを装着している」ことがご自身の大きなアイデンティティになっているプチさんが勝手に受けとっただけで、別にプチさんに向けたメッセージではないのでは。。。

    むしろ、看護学生の方のツイートは一般のVAD装着者に配慮された内容で、プチさんの「医学の前に人として学ぶべきことが~」は特定の看護学生の方に配慮されていない内容に思うのですが。。多くの人がそう思うのでは?もはや嫌がらせに近いのでは?

    以上、ツイートをされたご本人が、ツイッター上でプチさんとやり取りをしたのみならず当ブログでさらされた上に人間性を否定されているとも受け取られかねない内容とともに公開されていることをご存じなのかわかりませんし、ご本人の名誉のために、プチさんは一部分だけ引用されていること、改変することで架空のツイートとして扱っているかもしれず、個人の尊厳を傷つけているとは限らないことを、ぜひこの記事を読んだ方に知ってもらいたいです。

    以下は私個人の意見になります。
    医療者は今後の医療の発展のために、患者さんを偽物のお薬を使うグループと本物のお薬を使うグループに無作為に振り分けて有効性を検証する研究や、「生存率」「この症例には過剰な医療で、本人が生きたいからといって貴重な資源を使うのはどうなんだろう」などと厳しい言葉をつかった議論を日常的に行っています。患者さんが聞いたら、医療の限界にやり場のない怒りを感じてしまうだろうな、という内容がたくさんあります。「対応注意の患者」「関わりづらい患者」「モンスターペイシャント」なんて言葉も日常的に使います。カルテの1ページ目に書くこともあります。
    個人情報漏えいには十分気を付けなければなりませんが、インターネット上で医療者が医療に対する思いを語った時に、それを一方的に嗅ぎ付けてこのような記事にされてしまうのは、本当に勘弁してほしいなと思います。自分はモンスター患者になりうるぞ!って公開しているようなものだとは思わないのでしょうか。
    ここまで書いてもプチさんには理解してもらえないかもしれないですが、現実世界でプチさんの医療に携わるチームの方には、「プチさんはこういうことをしうる方だ」と知ることで、今後プチさんの対応により注意することができるのでそういう意味ではわかりやすくて良いかな、とも思います。

    プチさんは医療はこうあって欲しいという理想を持ち、色々な活動をしてらっしゃるようですね。それはいいのですが、ときに暴走していないかな?と振り返ってみてほしいです。
    ただ、プチさんの知能や認知機能や性格が、こういった問題を十分に議論するには少し合わないという可能性ももちろんあります。それは決してプチさんが責められることではないと考えますので、気づけていないうちに人を傷つけていることがあるかも、ということを気にとめて頂きたいです。

  • #15

    プチ(管理人) (日曜日, 28 8月 2016 14:07)

    >医療者Aさん

    コメントいただきありがとうございます。
    まさにその通りです。確かにむちゃくちゃなこと書いたと思います。久しぶりに過剰反応していたことは認めます。
    自分でも要注意人物かと思います。関わっている医療者を含め既にそのように感じている方は多くいるかと思います。意識はしているつもりですが、もしかすると今後も同じようなことを書くかもしれません。
    悪い例として、こういう人やそのような状況に陥るかたもいるという風に捕らえていただければと思います。難しいかもしれませんが個人的には医療者AさんにもVAD交流会に参加いただけると大変嬉しく思います。(場所等の物理的な障害や立場等の都合もあり難しいかとは思いますが。。。)

    P.S.
    このコメント欄(facebook用ではないコメント)へ書き込むと、私のメールアドレスへ通知される仕組みになっているのですが、何故かフィルタリングされており書き込むのが遅くなりました。

  • #16

    医療者A (日曜日, 28 8月 2016 15:40)

    やはりプチさんは人間らしさをきちんと持った、誠実な方だとわかりました。
    反対意見からも逃げたり消したりせずに、素晴らしいことだと思います。
    情報発信に関わっていると、これからも多方面から色々な意見をぶつけられることがあるかもしれませんが、プチさんには負けずに自然体で頑張って欲しいなと思います。

    私は公的な立場と分けないといけない場面が多いので、直接「医療者Aとして」お会いすることは難しそうです。でも、これからもプチさんを応援します!