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心不全から1年、すさまじい年でした

朝7時過ぎから大掃除を開始し自分の机以外は完了、超ぐったりです。机は新年に掃除しよう・・・

最悪な出だしの一年でした

大掃除で疲れてしまったのでいつものように乱筆乱文にて失礼します。 

 

 元日の午後、一人で車を走らせディスカウントショップへ買出しに行った。店内ではなんとなく調子が悪いと感じていたが、会計を済まして車へ向かう。後部座席に荷物を置いたとき、突然の吐き気に襲われディスカウントショップのトイレで上から大量リバース。下痢も始まる。

 

 少し状態が落ち着いてから運転して自宅へ帰る。自宅でも吐き気や下痢が再開する。過去にノロウイルスを経験していたこともあり、ノロウイルスに感染したのかと思っていました。(少し前に生ガキを食べていた)

1月3日になりようやくお粥が食べれるようになったものの、やはり吐き気が止まらずしょっちゅう吐いていた。それでも抱えている仕事があるので、会社に行く。思い出せば、その頃からまともに食事ができなかった気がする。

常に吐き気はあるし、そしてたまに吐く。そのうち咳も酷くなってきた。

1月中旬になり、前から予定されていた研修へ向かう途中、電車の乗り換え途中でしゃがみ込んでしまった。とてつもなく苦しく、歩くのがやっと。その日は研修には行かず自宅へ引き返す。

 

 その後、日に日に苦しさと咳が増えてくる。近くのクリニックに行ったが、気管支炎とのこと。処方された薬を使うと少し楽になった。その後、ベッドで横になると息苦しく咳が激しくなり、ベッドで寝れなくなってしまった。腹痛もひどくなってきた。1月末、既に10キロ近く体重が落ち込み、安静時の脈拍も120を超えていた。

 

 本当に馬鹿だが、それでも会社に行った。その時は会社の最寄駅から歩くことが出来ずタクシーを使った。

本当に限界だと思い同僚へ仕事の引継ぎをする。そして、2月に入って現在通っている病院へ行き即入院、自宅から電車で行ったのだが先生からは「よく歩いて来れたね」と言われた。 それくらい酷い状況だったのだろう。

 車椅子に乗って入院病棟に案内され、即カテーテル検査が行われた。手首からアプローチするも血管が痙攣して入っていかない。そして血圧が急降下し壮絶な苦しみを味わう。結局、首からカテーテルを入れたが、その時の記憶は曖昧。その後に行われた検査もよく覚えていない。入院して3日後くらいに現実を突きつけられる、ここも断片的にしか覚えていなかったりする。

拡張型心筋症で重度心不全 余命

 拡張型心筋症でかなり重度の心不全を起こしており、内科治療と継続するか、補助人工心臓(VAD)を植え込むかの選択肢が提示された。内科治療は既に限界の粋に達しているため、今後回復する見込みは極めて少ないとのことで、もって2週間くらいかもしれないし、数日かもしれないと言われた。(そのまま回復する可能性も0ではないので、継続することは可能と言われた)

 

 先生からは補助人工心臓を植え込むことを勧められた、色々あったが結局VADを植え込むことを選択する。しかし、手術を前にして容態がみるみると悪化していきIABP(大動脈内バルーンパンピング)を施され、ほんの少し苦しみから開放された。手術日が決まる、手術日は入院してから7日目だったかな。

続きは以前のブログで。

貫通部の潰瘍

※いつもの通り、閲覧注意です!!見たい方のみクリックしてください。

傷みは大分落ち着きました。それでも潰瘍となっている部分があり、見た目はグロテスクです。

時間は大切と実感 貴重な一年間でした

 正直、苦しさが殆どの一年でしたが、苦しさの中でも得たものも大きかったと感じる。人生観がガラッと変わってしまいました。自宅で新年を迎えることができるのは嬉しいことだが、ちょっと複雑な心境で素直に喜ぶことはできません。とりあえず一年間死なずに済んだことへ感謝したいと思います。

 

 あまり面と向かって感謝することができていないですが、家族にはとても感謝しています。そして子供達の成長を見られることがこんなにも嬉しいことだと思いませんでした。元旦に比べれば今の体調は段違いに良いので、結果オーライってとこでしょうか・・・

皆様、良いお年をお迎えくださいませ。