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心臓移植待機を綴る 第一楽章のはじまり

スタートライン

年明けから構想を練り始め3月末から準備を進めてきました。これまでのブログはあくまでプロローグで今日から「拡張型心筋症 補助人工心臓体験記」の第一楽章が始ります。 

今までの補助人工心臓体験記との違い

私の生活は大きく変わりませんが補助人工心臓生活で発信する内容を変えました。それはFacebookアカウントを実名に替えたことです、本来実名登録が原則なのですが心臓移植待機者という状況もあり異なる名前を利用していました。

私がSNSで実名を公開した理由

SNSで私の体験を伝えるには読み手に「身近な存在」「実在する人」と感じてもらう必要があり、それには実名あることが重要だと感じでいました。こちらには書きませんが「一昨日の出来事」が決めてとなり実名公開へと踏み切ることにしました。

私が実名公開を躊躇していた理由

実名を晒すことで移植後に起りうる心配ごとがありました。

 

 

ドナー家族が誰に移植されたか推測できてしまわないか?

 

ダイレクトな繋がりが出来てしまわないか?

 

日本での心臓移植は日本臓器移植ネットワーク(JOT)が斡旋しており方針として「レシピエント」と「ドナーご家族」間の直接接触は好ましくないと読み取れます。JOTでは「レシピエント」から「ドナーご家族」への手紙は許可されていたかな? 将来的にどう変化するかは分かりませんが、今のところは推測されるような情報を晒すべきではないと思っていました。

しかし、SNSで私の体験談や移植医療普及へ貢献するには「身近な存在」「実在する人」と感じてもらう必要があり、それには実名であることも重要な要素だと感じていました。賛否はあるかと思いますが私は実名公開へ踏み切りました。

レシピエントを完全匿名にすることは出来ない

 人間一人で生きているわけではないので社会との繋がりを消すことはできません、生きればどこかに何かの足跡が残ります。社会生活上それは仕方のない事だと思います、金銭や労力を惜しまなければレシピエントの情報は必ず辿れることでしょうね。

理想へ近づける努力は必要

皆さんの周りでインターネットを全く利用していない方はどれだけいるでしょう?老いも若きも何かしらインターネットを使っているのではないでしょうか?一度でも自分の知らないところで何かしらの情報は残ります。それはインターネットサービスプロバイダー上の話だけでなく、広く使われているFacebookやTwitter、インスタグラムなどのSNSやLINEなどのメッセージアプリなども含まれる。自分の名前をGoogleやYahoo!で検索したら表示されませんか?
私も現代人としてそれなりにインターネットを利用しているのでどこかに何かしらの情報が残っていることでしょう、それらを消すことは非常に難しい場合もあります。

 

この2ヶ月間で安易に私を辿れるような情報のブラインド化を行ってきました。

・ホームページ

・過去に利用したSNSやメッセージサービス

・検索サイト(エゴサーチ)の結果

 

ようやく問題ないだろうという環境が整ったがG.W.明けのこと、素人なりにできる限り理想へ近づける努力はしました。

心臓移植を受けた事実の公表

私と同じように心臓移植を待ち補助人工心臓(VAD)を装着しているブロガーさん、何のためにブログを書かれておりますか?その中で一度は考えたことありませんか?

 

移植した事実をいつ公表しようか?

 

日本臓器移植ネットワークでは移植実績(大まかなレシピエントの情報も記載されています。

「移植を実施した病院」、「日付」、「性別」、「年齢」等

 

私の場合はホームページを通しておおよその性別、年齢、住まいも把握できてしまいます、そして平均移植待機期間から移植時期も推測できてしまいます。

 

「移植したという事実」を書いたら?

 

想像がつきますよね。ドナーご家族が金銭や労力を惜しまなければレシピエントが私であることが判明してしまいます。極端な話、ドナーご家族が探偵でも雇ったら辿れるでしょうね。しかし、それは心臓移植のレシピエント、ドナー間に限った話ではないはずです。それを理由に情報発信禁止を強制するのはいかがのものだろうか?難しい問題ですね、世間で騒ぎになるとすれば当事者ではなく「外野」が騒ぐのでしょうけどね。

心臓移植後の活動を見据えた課題

私は

 

移植後に色々な活動をしたいと考えています

移植医療への理解を深める活動にも参加するだろう

そこでは実名で活動が求められるだろう

 

その結果、仮にドナーご家族がインターネットで私を探して見つけたとしましょう。それは罪でしょうか?私は何かの犯罪を犯したのでしょうか?

高度に情報化が進んだ現代だからこそ、辿れてしまうのはある程度は仕方ないことでしょう。

じゃあどうすればいいのか?

 

何も活動できないじゃないか?
その状況が正しいのでしょうか?
世間の臓器移植への理解は進むのでしょうか?

事実を適切なタイミングと方法で公開する

当事者ではこのような考えられている方が多いと思います、どのような方法か一つ例を挙げるとすれば

 

移植してもしばらく公開しない

それでも不十分というのならば対案を

 シビアな見方をすれば、しばらく待つだけでは不十分。

移植件数自体が少ない日本(年60件前後)では、頻繁に特定の医療施設で心臓移植が行われているわけではない。

コチラをみていただければ分ります。

 

例えば〇〇大学病院を見てみよう、そんな頻繁にはありません。

レシピエントの情報が記載されていますが、絶対的人数が少ない状況では同じような特徴を持った人は数多くはない。このような状況では1年以上の期間を開けて事実公表をしても容易にインターネット上の情報と符合してしまう可能性もあります。

だから対案を欲しい

 

今心臓移植を待っている人、今心臓移植を受けた人、すなわち当事者が移植医療へ貢献することも必要。ただ、これだけ高度に情報化された社会ではレシピエントが声を上げることも躊躇してしまう状況がある、それは非常に勿体無いことだと感じる。少なくともこの1年間考えました、その考えを基に素人なりに我流で出来る限りの対策をしてきました。
レシピエントの中にはインターネットから「ドナーご家族」との繋がってしまうことへ何らかの不安を持っている人がいる、そのことで自身の体験を伝えたくても躊躇されてしまう人がいる。少なくとも私もその一人です。

それは実に勿体無いことではないでしょうか? 

移植医療の普及へ弾みをつけるためには?

今まさに臓器移植を待っている方の声が必要ではないでしょうか?私は情報発信者として

 

植込み型補助人工心臓(EVAHEART)を装着してよかった

 
その理由は自ら動き、当事者の声を発信できる(仮)元気なレシピエントになれたからである。補助人工心臓エヴァハートには感謝している。

植込み型補助人工心臓がない時代では心臓移植のレシピエントとなられる方自身がココまで活動できたでしょうか?今がまさに移植医療普及されるためのターニングポイントの一つではないだろうか?


私は心臓移植待機者という当事者として出来る限りの発信を続けるつもりです、それは私自身の心臓移植待機生活を前向きにするためでもあります。その結果としてほんの少しでも移植医療普及への弾みへ繋がれば幸いです。

 

私は心臓移植後、自身が納得できるまでは事実を公表しません

やっと1年間のプロローグを脱することができました。

私が深く考えすぎているだけなのかな?

数年という長い待機生活 第一楽章」を楽しみます。


色々な立場の方からご意見をいただきたいところですが、書かなくて結構です。

いつか実際にお会いして意見交換ができる場を作りたいと思います。

インターネット上での意見交換はその次の過程かと考えています。