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「ヘルプマーク」普及啓発 利用者と周囲の相互理解が重要

 補助人工心臓を装着している私ですが、電車などの公共交通機関で移動するときには優先席を使うこともある。優先席を必要とする理由は様々だが、体調が優れない以外に揺れなどによる転倒、補助人工心臓の接触などを防ぐ意味合いもある。ここ数日間でヘルプマークや優先席に関する出来事と遭遇したので、エピソードを交えて一人の当事者として実感する効果を考えてみます。

普及している?ヘルプマークとは

ヘルプマークとは2012年より東京都福祉保健局が導入したものです。以下、東京都福祉保健局のページより抜粋

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義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、または妊娠初期の方など、外見から分からなくても援助や配慮を必要としている方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助を得やすくなるよう、作成したマークです。

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配慮が必要な人へ自然に手が差し伸べられる世であるならば、このようなシンボルマークの導入は必要とされなかったのかも知れません。しかし、現状は必要とされています。

その必要とされる状況を表すように、東京都が導入したヘルプマークは全国へ普及しつつあります。最近では写真のヘルプマークがJIS登録されたこともあり、ガイドラインへ沿った内容であれば個人でも活用出来るようになりました。

私が作成したヘルプマーク入りのVADステッカーは2015年であり、当時は東京都福祉保健局への申請が必要でした。

ヘルプマークの効果は?

 結果から言うと「効果はある」と感じているが、ヘルプマークが当事者にとってどのように役立っているのかはあまり知られていない印象も持っている。ヘルプマークを必要としない方達は気付かないうちに誰かを手助けしていることも多く、ヘルプマークを利用する方は効果があったシーンを積極的に発信してほしい。配慮の行動をする方達からすれば「嬉しかった」の一言を見聞きすることが次の行動へ繋がるのではないか?それは普及啓発への後押しにもなると思う。

活躍の場は電車内だけではない、ヘルプマークの役割

 何かと優先席とセットで語られることのあるヘルプマークだが、補助人工心臓という医療機器をぶら下げて生活している私からしてみると、優先席はそのシーンの一つにしか過ぎないと感じる。ヘルプマークの効果を実感できるのは何も優先席だけではないのだ。

 

エレベーター

 私は東京の3大副都心を利用しますが、人の多さは半端ではありません。電車のホームは言うまでもなくエスカレーター・エレベーターも大混雑だ。エレベーターは扉が開いた瞬間に人が流れ出て入れ替わるが、ヘルプマークが目に入った方は進路を譲ってくれたり距離をとるなど気を配ってくれていると感じる瞬間がある。

 

乗車

 通勤時間帯では一つのドアへ20~30人ほど列ができることもある。私は医療機器の接触を避けるため、なるべく満員電車など混雑した状況を避けなればならないが、生活を営む上でやむを得ない時もある。そんな時は少しでも危険を避けるため電車一本乗り過ごし最前列へ並ぶ。カバンへ付けたヘルプマークが後の方へ見えるようすることで、後ろから押されることなく乗車することができる。
ちなみに乗車直前に降車する方へ見えるようヘルプマークの位置を変えることで、ドアから流れ出てくる人から強引にぶつかられることは殆どありません。

 

 ヘルプマークが目に入らないこともあるので、全ての状況で配慮してもらっているわけではないが、目に入っていただけると細かいところで配慮してもらっていると実感する。もちろんヘルプマークが視界に入っても配慮いただけない方がいらっしゃるのも事実ですが、その方達を批判する前に配慮いただいた方達への感謝の気持ちを前面に出してほしい。批判することは簡単だ。しかし、批判だけではヘルプマークの普及啓発を妨げると感じる。

優先席とヘルプマーク

 優先席とは高齢者・障害者・けが人・体調不良者・妊婦・乳幼児連れ(ベビーカー含む)などを、椅子への着席を優先・若しくは促す座席です。

 

人を見かけで判断してはいけない

 

 優先席を利用する方もこの言葉を考えて欲しい。優先席を利用する人には体調不良の方もいらっしゃる。それは必ずしも「貴方」の目では捉えることができない内容かも知れない。一見、なんら不自由が無いように映った人でも優先席へ座るべき方は沢山いる。目の前にいるスーツを着て目をつぶっているサラリーマンや若者だって体調不良なのかもしれない。見えない持病を抱えているのかもしれない。

優先席はあくまで「優先席」であり「専用席」ではない。不自由のない方が座っても何ら問題はない。必要なのは貴方が座るべきと思ったのならば席をどうぞと譲ってあげる思いやり行動が重要なのだと思う。しかし、見た目では不自由が伝わらない場合は相手がエスパーではない限り「貴方が座るべき」と思っていただくことは難しい。

 

 そこで登場するのがヘルプマークだ。ヘルプマークを掲げても席を譲られないかもしれない。そのようなケースも実際多く経験しているが、その席を譲らない人達すべてが不自由のない方とも限らないことを忘れてはならない。本当に配慮を必要としているのであれば勇気のいることではあるが、助けを求め声を掛けることだ。手助けする人も声を掛けるのに勇気を必要とする。相手ばかりに求めるのはフェアではない。

エピソード:私と若い女性とおばあさん

 火曜日、私は朝の満員電車で優先席へ座ることができました。途中、隣の席が空いて20代と思わしき女性(学生さん?)が座りました。そのあと数駅過ぎてから小さなカートを押すおばあさんが乗車し、その女性の前に立っていました。明らかに立っているのが辛そうなのがヒシヒシと感じた。私が元気で補助人工心臓という医療機器を付けていない状況であれば真っ先に席を譲るところですが、混雑している車内ではそれは難しく自分の命も大事だ。私の後ろには家族の生活もかかっている。

 女性が席が譲ることを期待して少し様子をうかがっていたが、スマホをポチポチし始めて席を譲る様子は一向に感じられない。女性へ席を譲ってあげるよう声を掛けようか悩むこと数分、おばあさんから女性に対して「すみません、席をゆずっていただけませんか?」と声を掛けました。そして、おばあさんは無事に席へ座ることができました。

 

 助けてもらうのを待つだけではなく、助けて欲しいと声を上げることの重要性を再実感するとともに、女性へ一声かける勇気を持ち合わせていなかった自分へ少し失望した電車内での出来事でした。ヘルプマークを利用する立場から伝えたい。優先席付近にヘルプマークを付けている人がたまたま乗り込んできたということは少ないと感じます。何らかの理由で優先席を必要としているケースが多いので声を掛けていただきたい。席を譲っていただけること自体が身体的に助かりますが、その配慮の心へ私は嬉しくなります。私も通勤時に席を譲られたら「今日も一日頑張って仕事しよう!!」という気持ちになります。

エピソード:ヘルプマーク同士、どちらが座る?

 これは昨日の朝の満員電車での出来事。私は優先席に座れない事態を考慮して予定より早めに家を出ます。優先席が座れなければ2~3本、電車を見送ったり乗り換えることもあります。

 

1本目の電車

到着した電車はかなり混雑しており、優先席付近へ近づけそうもないので乗車を見送る。

 

2本目の電車

優先席は空いていなかったが優先席付近へ近づける状況だったので乗車し、席が空くのを待っていました。乗り換えの主要駅で前方左隣りの人が席を立ったのですが、椅子取りゲームのように他の方が席へ座る。その後に後方で席が空いたのですが、同じく椅子取りゲームへ参加することもできない状況が続いた。時にあきらめも肝心で、時間に余裕をもっていることもあり途中で下車しました。

 

3本目の電車

三度目の正直?二度あることは三度ある?今度こそは!!と内心すこしイラつきながら乗車をするも2本目と状況がかわらず。今日は座れないのかな~?そう思いながら立ったまま行ってしまおうと考えてつり革へ掴まっていました。

少しして背を向けた側の席が空いた雰囲気を感じ取り、少し遅れて後ろを振り向く。少し離れた席だったのでこれは無理だな~っと瞬時にあきらめた。しかし、ここで以外な展開に出くわしました。

 恐らく座ろうとされていた方よりどうぞ♪と席を案内されました。席へ腰を下ろそうとした時に譲っていただいた方のカバンにヘルプマークが付いていることへ気が付きました。「何だか申し訳ないなぁ」と思いながらもその方は貴方が座るべきと思っての行動だと理解し、有り難く座らせていただいました。ヘルプマークは一つの意思伝達のツールに過ぎず、重要なのは「思いやり」だと強く感じました。ヘルプマークの周知と行動を促す普及啓発活動もよいですが、「思いやり」の大切さを伝え忘れてはならないと思った出来事です。

 ヘルプマークを付けている皆さま、貴方はどのような「思いやり」を享受していますか?相手の立場にたって振り返ってみませんか?享受した内容を発信することもヘルプマーク普及啓発の一部となることでしょう。私は今日もヘルプマークと共に生活しています。

 

共感いただけましたら、ご自身のエピソードを添えてシェアいただけたら幸いです。