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<コミュニティーの閉鎖>その気持ちはわかるよ でも、それを続けると悲惨だよ

 ある方が病気なった、それをどこかで公表した。多方面からエールが届く、しかしその中には心無いことも含まれているときがある。純粋に応援したい気持ちはわかる。

しかし、いつからか人はパーソナルスペースを配慮しなくなった。直接対面すれば保たれているが、ネット上ではもはやパーソナルスペースは無いと言っても過言ではないだろうか?

パーソナルスペースが崩壊する要因

 病気を公表しなきゃよい。そんな声も聞こえてきそうだが、それは違うと思う。なぜ、人は全くの赤の他人のことに対して言いたい放題なのか?ネット上ではそのような行為が顕著なことは今更言うまでもない。

オリンピック選手だった方、アイドルだった方へ向けてSNSや掲示板で様々な方が書き込みをされる。そのいくつかを見て思う。

 

「またやってる」

 

私の心からその言葉が出そうになる。なぜ、そこまで書き込みがされるのか?そのことについて、今回の入院を通して私なりに確信を得た出来事があった。

向き合うことから避ける

 私も向き合うことから避けることが多い、それ自体を悪いとは言わない。しかし、向き合うことから避けたことにより発生している異常な場面を目にする機会が多い。自分自身とその近くの人と向き合うより、自分とは遠い誰かと向き合っている。それは昔から変わらないのは事実だろう、だからこそゴシップ誌は売れ、TVのワイドショーは成り立つ。

しかし、機械とサービスの凄まじい進化により状況が変わった。名を明かした会社や人物ではなく、「匿名」でほぼ自由に全世界へ発信できる状態になった。それもスマートフォンやゲーム端末というデバイスを通じて小学生ですら発信できる。

 

 それらの書き込みを全否定するわけではないし、中にはとても良い書き込みもある。しかし、そうではない多くの書き込みは自分自身と向き合うことよりも「関係の薄い他人と勝手に向き合う」という楽な方を選んだ結果ではないだろうか?彼らにとって、自身の書き込んだ(もしくは発言した)内容については後腐れがない、それが現状だろう。いざとなれば更に匿名化すればいい。

私がそのようなことをしてきたことが無いとは言わない、私も彼らと同じく「関係の薄い他人と勝手に向き合う」ことを沢山してきた一人であろう。ただ、昨日の病室の窓から見えたものは、私がこれまで犯してきた過ちを思い出させた。

小児病棟の一室を見ていた私

 今、大部屋の窓際のベッドで生活をしているが、その窓からは小児病棟の病室が見える。覗き見ようとしたわけではないが、広い景色を眺めていたはずがいつの間にか「ある一室」を見ていた。カーテンの隙間から見える壁紙はカラフルで、そこには大人と同じようなサイズのベッドがある。しかし、そのベッドの柵は異様に長く伸び、柱の感覚がとても短い。

そして、そこには3歳ほどの女の子がベッドで座っていた。その子の眼差しは母親に向けられており、母親も腰を曲げて我が子の眼差しへ全力で何かを注いでいたようにみえた。時より本を読みか聞かせ、おもちゃで遊んだり、抱っこしたり、寝ている我が子の額にかかった髪の毛をかき上げるようにやさしく撫でたりしていた。私の胸はギューッと締め付けられ、いろいろな想いが湧いてきた。その中には「かわいそう」という気持ちもあった。

 

 なんとかしてあげたい。そう思うとともに、たまらず病室を抜け出して一人になれる場所を探した。私はあの家族を「なんとかしてあげたい」と思った以上に、自分が向き合わなければならない現実を避け、あの家族が置かれた状況へ勝手に向き合うことで自身と向き合う行為を代行をしているのだと。知っていたし、分かったつもりでいた。しかし、その光景で出くわした私は全く分かっていなかったことに気がついた。

「かわいそう」なのではない、一生懸命今と向き合っている家族の姿だ。私が「かわいそう」「なんとかしてやりたい」という気持ちは間違いではないかもしれないが、どちらかというと不正解に近い無難な答えだろう。それを見て「俺も頑張ろう」と自分自身が置かれる現状と向き合うほうが大切、それがベターアンサーだったと痛感した。

 

 

そんなことは十分に承知している。  

知ってたさ、知ってたんだよ。

 

 

しかし、本当の意味で理解していなかったことを理解した。

 

 

俺も頑張ろう!!

私も頑張ろう!!

 

そういう機運が高まれば、日本のドナー不足だけでなく様々な問題もあっという魔に解決できてしまうのかもしれない。私はそう長く生きてはいないが「関係の薄い他人と勝手に向き合う」という状況はもっと昔から続いてきたことだろう。新聞からテレビへ、テレビからネットへ、メディアの進化とともに「関係の薄い他人と勝手に向き合う」も勢いをましてしまった。

私にはどうすることもできないが、あの親子の光景を胸に秘め「俺も頑張ろう」と思います。

私のように自分自身と向き合えない方へ

 私自身が考え行動を起こしたことではあるが、とても苦労し、沢山のリスクを背負い、沢山の批判、いわれなき誹謗中傷をもらい、できる限りの注意を払い、当時「必要とされていた思っていた」補助人工心臓に関わる患者・家族をはじめたとしたコミュニケートを考え、実践してきた。

患者会と名乗れるものではなかったが「誰でもVAD交流会」というものを作ることができた。入院中や遠く離れ参加できない方とも繋がれるようにオンラインのコミュニティとして「井戸バド会議」を作ることもできた。私が評価するべきことではないが、その場が切欠となり前へ進めた方もいるかもしれない。そういう方がいると信じてこれまで積極的に取り組んできた。

しかし、それはある意味で自分自身と向き合うことから避けていたというのも事実の一つだ。そこに終止符を打ちたいという思いがあったことを事実。

知っていたさ、知っていたつもりだった。

 

 様々なリスクを考え行動してきた。その中で絶対に起こしてはならない事象がある。それはとてつも危険なことであり、私が考えるリスクの中で一番危惧していたことだ。その事象が明確になったら潔くコミュニティを潰そう、その考えを持ちながら運営してきた。そして、その事象が明確となった今、私自身および多くの繋がりを持つ方たちを守るためにもコミュニティを閉鎖します。

これまで包括的注意をメインに、身体に影響を及ぼす治療等に関する部分はある程度個別具体的に説明してきました。一つだけヒント出します、これは誰でもVAD交流会の開始と終了時に必ずいうセリフに関することです。  (交流会のみならず、本サイトのブログ記事でも頻繁に書いていることです)

具体的な内容は触れませんが、心当たりのある方は胸に手を当てて考えてみてください。

 

 

私の抱えるコミュニティチャネルは数が多い。超えてはならない一線を心得ている方が殆どであると今も信じており、あえて手を出さなくても大丈夫だと想います。しかし、残念ながら先に述べたよう念には念を入れて下記の対応を実施した。

具体的な閉鎖の内容

この冠を使った会は二度と開催しません。そして、私が心臓移植を終えるまではこのような形式での会は企画も主催もしません。参加を希望されていた方がいらっしゃるか不明ですが、何卒ご理解ください。

残念がる人がいたら私も嬉しいのですが、私自身が一番残念に感じております。
※現在のページはそのまま残しておきます。将来、新たに立ち上げる可能性はありますが、今はそのようなことへ力を注げる状況にありません。

 

これはGoogleHangoutのサービス提供終了が決まっているため、FacebookやTwitterにて度々触れていたことです。サービス提供直前までは継続するつもりでしたが、今回の件もあり同時に閉鎖します。次期システムへの移行を早め、そのうち別の名前と仕組みで再開します。

 ※ページ自体は残しておきます。

 

コミュニティではありませんが、個人的に面白いのでこれからも続けます。今までと同様にあまり深いことは書き込みませんし、純粋に写真を楽しみたいためです。

 

もともと鍵付きではないのでどうでもよいのですが、一部整理しました。今後も使います。

 

  • Mixi

ここ数カ月間、開いてもいなかったのでこの際やめることにしました。

 

特に変更はしないつもりです。

今となってはサブブロクと化して更新していない「補助人工心臓を背負ったサラリーマンのブログ<孤軍糞闘編>」はGoogle+の廃止にともないBlogger自体無くなるんじゃね?という懸念もあり、Blogger自体が無くると判断したらそのFacebookページは削除します。

 

ブログ以上に突っ込み、更にプライベートに近いことを書いています。縁の遠い人などは友達リストから削除させていただきました。無いと想いますが、再び繋がりたい方が見ておりましたら改めて自己紹介とともに友達リクエストを送ってください。

また、今回の件に関係する方で私が関係を継続すべきでないと判断した方は、友達リストから削除しました。

(友達として繋がっている方々、ご安心ください。貴方ではありません)

 

 

P.S.

近年、患者会の立ち上げに奔走している方もいらっしゃると思います。私も応援している方がいます。しかし、私の失敗から学んで肝に命じて欲しい。(Mさん、Tさん、すごく期待しています)

 

秩序が乱れたコミュニティーは無差別大量殺傷事件のようなリクスを秘めていることを

 

私はそのような事件および犯人を生まないために、未遂で終わらすために閉鎖を決断しました。

コミュニティーを作るなら閉鎖する際の明確な基準や対応を真っ先に考えて欲しい。

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