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【高度管理医療機器の自主回収】補助人工心臓エヴァハートのポンプ停止不具合と再手術

補助人工心臓EVAHAERTと缶コーヒー

 久しぶりのブログ更新です、私はまだ生きていますのでその点はご安心下さい。

当ブログを訪問されている方の中にはあの件についての発言を期待されている方もいらっしゃるかと思います。私がその話題に触れないのも不自然ですが自分のありのままを曝け出すほどお人好しでもありません、現在公開可能な範囲で記事を書いてみます。公開できない内容については心臓移植後に公開済みの3rdブログへ掲載します。(サブブログではありません)

補助人工心臓EVAHRART 製品の自主回収

 植込み型補助人工心臓(VAD) EVAHEARTの一部自主回収が公表されました。自主回収の詳細についてはプレスリリースおよびサンメディカル技術研究所ホームページをご確認ください。

本件についてはプレスリリース前に病院から告知され、今後と対応を話し合いました。本件に関連した発言は下記のような慎重を期すべき内容と判断し直接的な発言を避けていました、理由は後述します。

私は自主回収の対象となったのか?

 これまでに小さなトラブルはあったものの機械的には概ね順調でした、私の胸の中にある血液ポンプは自主回収の対象であること、不具合により想定されるリスク、今後の方針などを告げられた。その上で私の意思を確認されました。

自主回収ってどうするの?みなさんがご想像する通り手術してポンプを取り替えることで回収するのだ。もし私がポンプ交換を受けるとなった場合は心臓へ繋がるグラフトやカニューレはそのまま、不具合のあるポンプだけを交換するようだ。なお、ポンプと一体構造であるドライブラインなどは一緒に交換となる。

ポンプ交換の手術を受けるのか?

手術は嫌だよ
私だって皆と同じだよ


 VADのポンプ交換は車のエンジン交換と似ているかも知れない。皮膚と言う名のボンネットを開き、障害となる部品を外し、エンジンへたどり着く、エンジンを交換して逆手順で戻る。しかし、これは車ではない人間の身体だ。
2016年4月 エヴァハートを開発・製造しているサンメディカル研究所(長野県)へ訪問したが、その際に山崎社長よりお話いただいた内容を思い出した。


一度放つと手が出せない



当時の記事はコチラ

 私には手術を乗り越える体力があるのでしょうが、手術には様々なリスクがつきまとうもの。例えば術後感染症、全身状態が悪くなるかもしれない、一時的あるいは恒久的に移植待機リストから外されてしまう可能性もあるかもしれない、リスクをあげたら切りがない。自身の置かれている状況からポンプ交換によるリスクとリターンを天秤にかけた結果、私はポンプ交換はしないという意思を示した。しかし、この判断は状況によって変わることもあるだろう。記事掲載時点で手術の予定はありません。

VADと一緒に24時間☓1700日

EVAHEARTの外部モニターに表示されたPOD:1700

 10月10日、補助人工心臓 EVAHEARTを植え込んでから1700日目、40,800時間が経過。

  • 小学生が入学から卒業までの6年間
    • おおよその登校日数1200日、授業6000時間

  • 時給1000円でアルバイト
    • 一日7.5時間、15年365日休まず働いて約41,000時間、報酬は4,100万円

  • 美味しい鰻重を作りたい
    • 串打ち3年、裂き8年、焼き一生

  • 1700日前に放送されていたNHK連続テレビ小説
    • マッサン

 同じ人間が存在しないように時間や価値観はそれぞれであり変動的である。1700日という時間の価値観は私にしかわからない、勝手に貴方の尺度で決めつけないでほしい。※特定の誰かを指しているわけではありません

完璧なVADとは何か?

※以下は個人的な見解であり、そのような事実が確認されている訳ではありません。

 この不具合によるポンプ停止が病院から離れた自宅で発生した場合、残存する心機能にもよるだろうが救命不可能だと思っている。ポンプ交換を受けない場合は心臓移植を受けるまでの過ごす場所も重要となるが、自身でも完全には結論が出ていない。VADを装着する前から沢山のリスクを承知の上で過ごしてきた、VADの有用性は言うまでもないが「完璧な機械」が存在しないように「完璧なVAD」も存在し得ない。「完璧な機械」への追求は完璧とのギャップをいかに許容させるかの作業だと感じる。しかし、そのギャップで一人の方が亡くなっても構わないというわけではない。今回の不具合については現行ポンプでは起こり得ないといわれているが、EVAHEARTに限らず全てのVADにおいて更なる許容を追い求め続けて欲しい。また、確実な再現性が確認されていない不具合に対して必要以上の不安は感じていない、ずっと前から沢山の覚悟を承知で過ごしてきた。のほほんと1700日過ごしてきたわけではない、誰にも理解できない気持ちで1700日を過ごしてきた、それは自分自身でも言葉で表せないほどだ。


 残念ながら日本においては心臓移植が普及したとは言い難い、国内臓器移植の普及はもちろんのことiPS細胞などによる治療法にも期待している。それらが実現してもVADを必要とする人はいなくはならないだろう、VADでなければ救えない人がいるだろう。だからこそEVAHEARTには踏ん張って欲しい。

変わることのない事実

 私がEVAHEARTに命を救われたのは間違いのない事実であり、その後も喜怒哀楽をもたらし続けていることも変わらない。EVAHEARTを植え込んでから喜怒哀楽の振り幅は確実に広がった、これが幸せか不幸せかどうかは私にしか分からない。我が子はいつの間にか小学生になっていた。5年前に今回の不具合が予知できたとしても私はEVAHEARTの植込みを希望したであろう。


日本で人工心臓を植え込んだ人のリアルな生活

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