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VAD生活6年生「もうひと頑張り!」、リアルな日常生活と補助人工心臓体験記の終わり

2015年2月13日に補助人工心臓EVAHEARTの植込み手術を受けて丸5年を経過した。山あり谷あり、喜怒哀楽の多い生活を過ごしてきたわけだが、今こうしてブログを更新できる状況にいることを周囲に感謝したい、そして「よく頑張ったな俺!」と自分自身を労ってあげたい。
周囲からは「もう少しだね」「あとひと頑張り」といった激励の言葉をいただく機会もありますが、本人としても「もう少し頑張ってみよう」と思っているところではあります。そして、補助人工心臓6年生となった私のリアルな身体状況と補助人工心臓体験記の終わりについて書き残しておく。

長期VAD生活でも日常生活動作は維持できている

私自身は起居・移乗動作、更衣、食事、トイレ動作、入浴、移動、階段昇降などの日常動作は全くと言ってよいほど問題がありません。健康な方と比べれば多少劣る部分はあるかもしれませんが、あえて伝えるような不便さを感じることはありません。
私が補助人工心臓・心臓移植という選択肢を提示された時の脳内イメージは「何をするのも助けが必要」「不平不満を言いながら暗く過ごす」というマイナスイメージだった。良い意味でイメージを破ってくれた補助人工心臓、それを支える医療スタッフや家族、医療制度などに感謝です。

社会参加の機会減少、活動性の低下

食事の準備や掃除、洗濯、服薬管理、書き物、趣味などの余暇活動などもできます。しかし、前傾姿勢をとる時間の多い動作では胸部、腹部などが痛い、そういった意味では多少難ありとも言えるかもしれないが出来ないこともない。入院中の今となっては食事の準備や掃除を行うシーンはありませんけどね。

日常生活を送るうえでの動作に問題はありませんが、気持ちがついていかず活動性は低下して、社会参加の機会も減少しました。自身の役割や生きがいを失わないように藻掻いていたVAD生活5年生、なんとか自身を失わなずに済んだようです。

リンク:VAD心臓移植待機者 精神を病み休職、退職しました

直近で一番困っていること

昨年12月頃より腕の蕁麻疹が酷くなり、蕁麻疹が出現したときはアイシングや普通のレスタミン軟膏を塗って痒さをしのいでいました。しかし、睡眠中に皮膚を掻きむしってしまう夜を過ごしてしまい、湿疹状のものが増えていった。皮膚科を受診し、蕁麻疹には抗アレルギー薬、湿疹には強力レスタミンコーチゾン、ひどい箇所にはステロイドで作用ランクで最も強い(strongest)ジフロラゾンを使用。
そして、ここ数日で無症状だった手のひらに謎のブツブツが発生、どうやら汗疱(かんぽう)と呼ぶらしい。手洗いや手指消毒の回数が多いVAD装着者、石けんは許せてもアルコール消毒は辛い。広がらないことを祈るばかり。

痒さは地味に辛く何事も集中力が続きません。スマホ画面、書類、ペン、テーブル、服もベタベタ、私はイライラ。服やシーツは血で汚れる。

補助人工心臓ブロガーを最後まで貫く

"十数年前に弟が拡張型心筋症で体外式補助人工心臓を装着して心臓移植を待っていた。しかし、弟は願い叶わず心臓移植にたどり着けず2002年に最後を看取った。その当時の体験が強く残っているため自身の補助人工心臓(VAD)植込みにも大きな抵抗があった。VADの植込み手術を終えてしばらくしてからインターネット上のありとあらゆるサイトをチェックしたが、心臓移植待機者が自ら発信する情報があまりにも少なく長い心臓移植待機生活に大きな不安を抱いた。

 

 補助人工心臓を理解いただきたい!!という大義があるわけではないが、補助人工心臓を装着された方や検討をしている本人をはじめとしたご家族・友人といった方へ一つでも参考となる情報になればと思いこのホームページを立ち上げて発信を続けている。生きていられる素晴らしさだけでなく、長期にわたって補助人工心臓を装着して生活をしなければなければならないリアルな葛藤も伝えたい。私の心臓移植が終わるまでを一つの区切りとして、実際に経験したことを「補助人工心臓体験記」として掲載。"

補助人工心臓体験記を公開した当初よりその思いは変わっていない、このような稚拙で自己主張の激しいサイトだが「今」それを必要としている人がいると思っているからこそ続けることができている。そのゴールは私の「心臓移植」もしくは「死」になるだろうが、私は心臓移植をもってお役御免になることを望む。

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